歴史を知ってシドニー観光を

オーストラリアには元々4万年以上前から、アボリジニと呼ばれる先住民が狩猟採取生活を営んでいました。
アボリジニの人々についてはオーストラリア先住民として現在では良く知られていますが、その文化は大きなもので、言語だけでも250種類、部族は700にものぼっていたと言われます。
現在では28前後の系統に分けられているようです。
シドニーの歴史は、1770年に、イギリス人のキャプテン・クックがボタニー湾に上陸したことから始まります。
発見したこの大陸を英国領土だと宣言して、ニューサウスウェールズと名付けました。
ヨーロッパ人がオーストラリアに足を踏み入れるようになったのは、ポルトガル人に続いてオランダの探検家やイギリスの海賊が続々と現れるようになった16世紀のことです。
1788年に、キャプテン・クックに同行していた博物学者のジョセフ・バンクスの提案を元に、アーサー・フィリップが11席の帆船に487名の兵士と700人の囚人を率いて上陸したのが、オーストラリアでのヨーロッパ人の歴史の始まりです。
オーストラリアはアメリカのように西へ西へと向かって開拓されていくというようなことはなく、入植の目的を果たすために各地で開拓が始まります。
その目的とは3つあり、一つは流刑値に相応しい土地を見つけること、次に他のものより早く住みよい土地を占領すること、さらに時が過ぎると金の鉱脈を見つけることがもっとも大きな目的となりました。
オーストラリアに移住を始めたのは英国本土から追放された囚人とそれを監督する兵士でしたが、その後、オーストラリアに魅力を感じた流刑者以外の人々も移住を始めるようになった頃、1850年代に見つかった金鉱によって入植者の数は一気に増えるようになります。
巨大な金鉱はオーストラリアの経済を発展させ、また金で一発当てようという人々により人口は増加を続けます。
さらに英国の産業革命からなる流れによって、農作物や鉱物といった資源の増産も活発に行われるようになりました。
オーストラリアがひとつの国家として連邦化したのは1901年のことです。
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